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2008年01月15日

阪急・阪神 一日乗り放題の旅 バス編(4)−幻の尼宝線

前回の記事からのつづき>(旅のスタートから読む >>)

●阪神甲子園 17:25発 宝塚ゆき(阪神電鉄バス・宝塚甲子園線)

061229_阪神電鉄バス・宝塚ゆき
▲甲子園から宝塚ゆきに乗って大きく遠回り。

さて、ここから大きく遠回りします。阪神バスには、阪神尼崎から神戸税関前までロングランする路線があるので、ここから目的の神戸まで行くのは、実は簡単なんです。しかし、それではつまらないので、大きく遠回りして宝塚へ向かうことにしました。

宝塚は阪急のテリトリーなのですが、昔から阪神バスが尼崎−宝塚間で路線を持っています。それはどうしてなのか? それは幻に終わった鉄道計画の名残なのです。

それは80数年前の話。尼崎−宝塚間の鉄道建設を計画したのは、阪神系の宝塚尼崎電気鉄道(尼宝電鉄)。大正12(1923)年に免許を取得し、大正14(1925)年に着工しました。尼崎で阪神に直結し、阪神梅田−宝塚間で直通運転する計画でした。当時、阪急が阪神のテリトリーに神戸線を開通させたことをきっかけに、阪神と阪急は路線免許の取得争いをしており、この路線もその流れで生まれたものでした。阪急もそれに対抗して、伊丹線を南北に延長して、尼崎−宝塚間を結ぶ路線を計画し免許を取得しました。

しかし、尼宝電鉄は、西大島−宝塚間の路盤が完成したものの尼崎市に市内を高架線で建設するよう要求されるなど難題が山積し、工費などの面で建設続行が困難となります。そのため、鉄道の開業を先送りとし、投下資金を早期に回収するため、完成した路盤を有料道路に改装、そこにバスを走らせることにしたのです。

昭和7(1932)年、尼宝電鉄は阪神国道自動車(現・阪神電鉄バス)に吸収合併され、同社のバスとして運行を開始。鉄道建設は断念となりました。昭和17(1942)年、道路は兵庫県が買収し無料化、県道尼宝線(42号線)となりました。一方の阪急も伊丹線延伸に着手することなく現在に至っています。

以上が、阪神バスが宝塚に乗り入れるようになった経緯です。鉄道計画は尼崎が起点だったので、宝塚ゆきバスは尼崎から乗りたかったのですが、行程の都合で甲子園発宝塚ゆきに乗ることにしました。甲子園発のバスも尼崎発と同様に尼宝線を走って宝塚に向かうのです。どんな所を走るのか、じっくり景色を見たかったのですが、すでに日は暮れてしまいました。それでも一番前の席に座ったのですが、前日の乗り放題鉄道編の疲れもあり、眠気に負けてしまいました。

061229_阪神電鉄バス・宝塚
▲阪急のテリトリー・宝塚に到着。今や同グループになった阪急と阪神だが、かつて、ここに阪神バスが発着する様はとても不思議な光景だった。

沿線の詳しい考察についてはネット上に以下の2つのサイトをみつけましたので、こちらをご参考にどうぞ。ほとんどの乗客が短距離で入れ替わり、かなり時間がかかることもあって、通しで乗るお客は他にいなかった模様です。1時間10分程かかって宝塚に到着しました。


061229_阪急宝塚駅
▲阪急宝塚駅。手前にJR宝塚駅があり、尼宝線の宝塚駅はその中間に建設される計画だった。ちょうどその辺りに阪神バスののりばがある。

現在・宝塚


<次回につづく>

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posted by レールブログ at 23:55| Comment(0) | TrackBack(1) | バス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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